宅浪落ちた。

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宅浪の日常-オタク化した猪木編-[宅浪失敗記・番外編]

宅浪と言っても、四六時中を我が家で過ごす訳では無い。

他人の視線が無いと机に座る事もままならない私は、もっぱら近くの公民館を勉強拠点にしていた。

安寧の地・ワガヤクシアから徒歩10分の拠点は午前9時に開館し、午後10時に「蛍の光」が流れる。

 

平日、午前8時50分。

なんのイベントも無い真っ平らな日にも関わらず、公民館の自動ドアのスイッチがONになる時を待つことが習慣だった。

 

休日や夏休みには、テスト前の中高生や受験生が列を成し、こうして開館を待つことは宅浪になってから知った。

「こんな田舎の公民館なのに人来るんやな」

 

9時00分、いつもピッタリの時間にドアが開く。

2階建ての1階部分に、市民の学習スペースが設けてある。

もともとは読書用だったであろうその空間には、バーのカウンター席のように、壁に向かって一続きの机と10席ほどの椅子が置いてあるスペースと、ファミレスの机のように向かい合って4席設けてあるテーブルが4つある。

勉強を目的に来館する人の多くは、目の前に人がいないバースタイルの席をめがけて早足で入館する。

平凡な公民館にわざわざ列をつくるのも、この席取りが目的なのだ。

競争に敗れた者は、うつむき加減にファミレススタイルの木製の硬い椅子に腰掛けることになる。

(バースタイルの椅子はフカフカ)

平日はこんな椅子取りゲームをする必要はないが、習慣づけのために9時前には到着しているのが常であった。

 

9時10分頃、ある男が来店、いや、来館する。

この男はいつも開館から10分ほど遅れてやってくる。

痩せていて、かなりの長身でメガネをかけたこの男は、常に赤いジャンパーに赤いスニーカー、赤いイヤホンを耳にかけて登場するので、私は彼を「オタク化した猪木」と命名した。

決してバカにしていた訳では無い。彼は身につける色のように情熱的だった。

参考書をガリガリとこなし、午後7時に帰路に着くまでほとんど集中を切らさない。

「馴染みの店によくいる客」といった感覚だろうか、同じ時間に同じ姿で現れ、おそらく同じ目標を志す彼には親近感を覚え、何か1杯おごってやりたかったが、このバーには酒も置いていなければマスターもいない。

猪木と私はほぼ毎日バーカウンターの両端を分け合ったが、言葉を交わすこともなかった。

 

これが可憐な女性であったならば、何かキッカケが欲しいとも思うのだが、あいにく猪木は私のタイプではなかった。

結果的に1年間、口を利くことも、目を合わせることも、もちろんデートに行くこともなかった。

 

一体彼が志望校に合格できたのかも分からない。

 

 

その猪木と再開したのは受験が終わって約1年が経った春だった。

駅のホーム、階段を上る私の視線の先に、見た事のあるヒョロ長のメガネが下ってくる。

気だるそうに歩く姿は間違いなく「オタク化した猪木」そのものだったが、何か雰囲気が違う。

猪木を視界に捉えて5,6段上ったところで違和感の正体に気がついた。

彼のトレードマークの「赤い装飾品」が見当たらないのだ。

よくよく見てみると、頭髪の色も抜けている。

自分で処置したのであろう、安い金髪の根元にカラメル色が覗いており、真っ赤なスニーカーは小洒落たブーツに変わっていた。

これでは「量産型化したオタク」だ。

猪木が猪木で無くなっていた。

 

なんだか彼を見ていられなくなり、そのまま階段の両端ですれ違った。

 

私は彼が志望校に合格出来たのか、知らない。