宅浪落ちた。

宅浪して落ちたワイ。成功した人のオ〇ニー日記に飽きた人へ。

オレが書いた底辺大学のレポート内容晒してみたw

げんき、しとぉや!!

どうも、みるこです。

 

 

味噌汁つくるときの味噌を効率よくすくう方法ってないんすかね?

スプーンですくうとネバネバまとわりつくし、お箸だと量感が分かりづらいし。

最近の悩みの種です。

 

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お久しぶりです。

今回はなんと、私の通うクソ大学のクソ講義の課題で提出したレポートの内容をそのままコピペしてみました〜

 

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誰かしらが講演に来て、毎回感想を書くだけで単位をもらえるっていう救済講義です。

 

その最終課題としてレポートが課されたわけです。

 

 

テーマは「私のキャリアプラン

 

正直どんな内容でも文字数さえ埋めれば単位がもらえるので、ノリノリで書いてみました〜

 

※内容については真実も虚構もあります

 

 

受験生のみなさんは、ド三流大学に入学したら、こーんなにユルユルなレポートを適当に提出して漫然と若さを消費することになるということを感じてくださいね!!!

 

 

それではどうぞ!

 

 

 

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私のキャリアプラン


1. 働くということ
「大学卒業後は就職する。」私は世間一般で当たり前のように口にされる、いや、口に出すほど意識もされないようなこの選択が幼少からの疑問であり、不満であった。


 人はなぜ働くのか。「生きるため」だという人がいる。それは、生存のためであり、"自分らしく"生きるためだというのだ。確かにそう言われてみると、日本の資本主義社会では生きるためには通貨が必要だ。そして、その通貨を手にするための労働である。あるいは、生活保護のようなセーフティネットが整っている日本では、極論、労働せずとも"生存"は可能であるので、現代人は労働に対して金銭を獲得する以上の何かを求めていることは事実なのだ。


 だが、これらの説明は「生きる」ということを前提としているからであって、その前提の是非について語られることはほとんど無い。私が求めていたのはつまるところ、この前提に対しての答えなのだが(私は精神的に疾患を抱えている訳ではなく心身ともに健康であるが、ただ単純に疑問なのだ)、それについての議論は今回のレポートの趣旨に合わないので割愛する。では、今回は「人は自分らしく生きるために働く。そのためには何をすべきか」という命題に則ることとする。

 

2. 自分らしさ
 自分らしさとは換言すれば"自分のやりたいこと"ではないだろうか。現在の自己像は、過去の自分の行動・選択の積み重ねであり、未来の自己像は現在の自分が毎秒下す決断の連続によって浮かび上がる。もちろん、周囲の環境に選択は縛られてしまうのだが、その範囲内で自分がやりたいことを実現できた結果が自分らしさだと思う。


 では仮に、自分のやりたいことが100%実現できるとしたら、自分は一体何をするのだろうかと考えてみる。


「好きなことで生きていく。」と銘打った広告が全国に放映されたのは5年前のことだ。
これは、Googleの運営する動画サイト"YouTube"の広告だ。全世界の誰でも動画を投稿・視聴できる。この動画に企業の広告を織り込み、広告収入を得て生活するのが近年話題となっている"ユーチューバー"という存在だ。彼らクリエーターは「好きなこと」「やりたいこと」を動画にして、まさに「自分らしさ」を売りにして生計を立てている。


「これだ」という反応と同時に、いくつかの懸念事項が浮かんでくる。まずは、親の反対だ。これは大きい。私を21年間縛り続けてきた環境要因の1つだ。親が望むのは「普通に」大学を卒業して「普通に」就職することだ。できることなら無視したいところだが、息子となって21年間、あらゆる反抗があらゆる方法で抑圧されてきた経験から、それは現実的ではないと数秒で結論に至った。


 もうひとつの懸念は、果たして自分に売りにできるほどの「自分らしさ」は存在するのかという事だ。私はとりたてた趣味もなければ、何か他人と比べて深く熱中しているものもない。いわばその無気力・無関心さが自分らしさなのだ。コンテンツがなければ配信業は成り立たない。


 上記のことを考えると、私は無気力・無関心に生きていきたいということになるので、解釈の拡大が必要だと感じた。


 私は強い刺激を欲しているのではないか。自分の手の届く範囲での物事に対してでは期待感や興味を持てないために、無気力・無関心だと自分のことを決めつけてしまっているのではないか。


 親を満足させることが出来て、自分の好奇心を日々満たすことの出来る労働環境は何かと考えた時、異なる文化圏、すなわち海外で仕事をすることが最も適しているのではないかという結論に至った。

 

3. 境界を切り拓く
 この地域キャリア論では、地元優良企業で働く人や、新しい働き方を切り開こうとしているパイオニアが地方で働くことの意外なメリットや地域と密着した労働・生活の素晴らしさを示してくれた。

 

 特に神戸市役所の秋田大介氏の講演では、公務員の縦割り業務から脱却すべく奔走し、"公務員として"ではなく"1人の人間として"問題に立ち向かう姿が印象的で、公務員のフロンティアを走る存在だと感じた。

 また、ジィ・アンド・ジィの神谷美帆氏からは全くの未経験からSEとして働くことの苦楽と実態を拝聴した。これは自分の可能性の境界を切り開くことへの好奇心が唆られた。


 こうして振り返ると、既成の概念、通念とされていることを再構成する勇気と行動力を持った方の話に私は惹かれていたのだと気がつく。私も何かの業種の最先端、自分の最先端を生きたいと感じた。


 では、具体的にはどのような職業に就こうかと考えたものの特に思い付かない。逆に捉えれば、なんでもよい。無気力・無関心は何でも受け入れられるという事の裏返しであるのだ。「スペシャリストではなくジェネラリスト」というのは誰の名言でもなく、何に関しても中途半端な私がよく使う言い逃れだが、あながち(自分にとっては)間違っていないのかもしれない。


 ただ、先述の通り、地元や地方、日本での労働は私にとって刺激が少ないように感じる。世界に目を向ければ選択肢は196もあるのだ。私が「これは面白くない。これもつまらない。」と言っている間に一生を終えてしまうほどの数だ。その期待感に賭けてみたい。


私は、自分の境界、そして日本人の境界を拓いて生きていきたい。

 

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ふぅ。

いかがでしたか?

ここまでキッチリ読み切ったあなたは変態度76%!

新聞のテレビ欄を意味もなく眺めるタイプの人ですね!

 

文字数にして2000字ちょっとですが、飛ばし読みしたあなたが正常です!

 

 

さて、私は普段からこんな文章をレポートにしている訳では無いってことを言っておきます。

 

それなりの授業ではもっと論理的に推敲を重ねますし、こんな小説じみた表現もしません!

講義や教授、単位の取得難易度に応じてしっかりめに書くかどうか判断してます。

 

今回はこんな文章でも単位が取れることを確信しているのでユルユルにしたわけです。

 

頑張ってもムダですから。

 

 

 

 

 

つまり、レポートも料理も、いかに手を抜くかが"ミソ"っていうことですな〜...

 

 

 

 

では、また。

全受験生に光あらんことを。